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国民が「理解していない」とは何だろうか。

15日、安保特別委員会で強行採決された安保関連法案。

ここでの終盤審議の中のやりとりを聴いていて思うことがあります。
野党側委員が異口同音に言う「国民の理解が進んでいない・・・」。
安倍総理も15日、「私も国民の理解が進んでいるとは思っていない・・・」。

この「国民の理解」とは何だろうかと。
①政権が提出している集団的自衛権発動の内容を一応は理解しているか否か。
②そして、理解した上で(憲法改正しなくても)賛成か反対か。
あるいはまだ内容をよくわかっていないためさらに説明を求めているのか。
③個別的自衛権だけでは対応できない時代になっていることは理解しているが、安倍政権法案は「違憲」だと思うので賛成できな いのか。
④しからば、まずは憲法改正 を行った上で集団的自衛権論議をやろうという意見なのか。
⑤あるいは、戦後70年間、日本は戦争に巻き込まれることがなかったので、とにもかくにも、「今のままでいい。憲法も含め何も変える必要はない。変えてはいけない。」というのか。

このように「理解」の意味を分析的に考えずに、何もかもひっくるめて曖昧な概念として「理解」という言葉を使うことがますます議論を分かりにくくしているのではないかと思っています。
そもそも、10本の法案をまとめて関連法案として一本化したところに根本的な無理があったのかなと思います。

しかし、今からでも遅くはありません。「理解していない」、「理解が進んでいない」というやりとりではなく、もっと分析的アプローチをしようではありませんか。メディアの責任も大きいと思っています。世論調査で国民の80%は「理解していない」と言っても何の理解か分かりません。メディアの表現では、「理解」イコール「(法案に)賛成」という意味に受け止められがちですが、その解釈は間違っていると思っています。
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プロフィール

畠山 奉勝

Author:畠山 奉勝
1944年生まれ。電機メーカー定年後、大阪労働局監督課で指導員を担当。全国に先駆けて大学生・高校生などを対象にした若者労働法教育のレールを敷く。

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