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労働問題を論じるのは若い人々が中心であるべき。

昨日の午後、たまたまNHKのEテレで「『絶望の国』の幸福論2013」と題した番組を見た。

ワークライフバランス・コンサルタントの小室淑恵さん、詩人で社会学者の水無田気流さん、フリーランスの安藤美冬さんという女性3人をメインの論じ手に据えて、若手社会学者で『絶望の国の幸福な若者たち』の著者である古市憲寿さんを交えて現代若者社会について語り合うものであった。

シェアハウスに住んでいる若者や酪農をしながら共同生活をしている若者たちの考え方のシーンを交えながら、三人の女性がどのように現代社会を捉えているのか、とても勉強になった。目を吊り上げて上昇していくことを競っていた私のような世代の感覚とは明らかに異なる。ゆるい、あったかいものを感じる。そうした生きかたを「軟弱」という言葉で片付けるのはあまりにも適切さを欠くと痛感した。ただ一つ懸念されるのは、そういう生き方で、家庭を持ち子どもを育てるという次の世代へのたすきリレーができるのだろうかということである。

労働問題に関して言えば、小室さんの考え方にはまったく同感である。ワーク・ライフ・バランスを重視した働き方(働かせ方)は、労働者だけでなく、企業にとって生産性が高く有益だという考え方である。

濱口桂一郎先生が前日のブログで書かれていたように、「昭和オヤジ」の出る幕ではないと痛切に感じる。なのに、規制改革会議など政府の会議のメンバーはほとんどが「昭和オヤジ」である。50歳から70歳のオッサン、しかも雇用不安や生活不安とまったく無縁なオッサンが集まって「上から目線」で、雇用がどうの、解雇がどうの、派遣制度がどうのと議論することに、誰も違和感を覚えないのだろうか。

安倍首相が成長戦略の中で、「女性の活躍」を掲げるのであれば、政府の重要会議においても女性メンバーを多く起用して、若い女性の声に耳を傾けるべきではなかったかと思う。

番組の終盤、誰かが「『昭和の幸福』からの脱却」という表現を用いた。その通りかも知れない。私たちの年代の人間が労働問題はじめいろいろ論じるとき、無意識の中にも、「昭和の幸福」を懐かしみ、それがベストであったという考えがあるのではないだろうか。

これからの労働社会のあり方について、もう私のような「昭和オヤジ」がぐだぐだ言うべきではないのかも知れない。若い人々が考えることを黙って見つめ、問われれば意見を述べるという姿勢に踏みとどまるのが正しい態度なのかもしれない。

拙ブログも、「『昭和の幸福』からの脱却」という視点を大事にしながら、考えたいと思う。
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プロフィール

畠山 奉勝

Author:畠山 奉勝
1944年生まれ。電機メーカー定年後、大阪労働局監督課で指導員を担当。全国に先駆けて大学生・高校生などを対象にした若者労働法教育のレールを敷く。

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