緩いジョブ型思想はすでに現実社会では機能している。

政府の規制改革会議で規制緩和策の検討項目を決めた。その中の雇用ワーキンググループの検討項目の一つに「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備」が挙げられています。言うまでもなく、濱口桂一郎先生が提起した概念に基づいた雇用形態が政策課題として取り上げられているわけです。

ジョブ型正社員のことをメディアや学者などの間では「(職務・勤務地・労働時間)限定正社員」とも呼ばれていることも今ではかなり一般的に拡がってきているように思います。そして、一部の学者やNPO団体などが声高に「限定正社員には反対です!」などとまったく無意味な感情論を唱えています。

しかし、そもそも、ジョブ型正社員は新たに法律で規定しなければ導入できない制度などではなく、使用者が労働基準法の原則通りの雇用形態を、その就業規則できちんと定めて運用すればいいいだけのことです。現に、少なからずの企業において、さまざまなヴァリエーションの中で導入・運用されています。

ただ、産業民主主義に立った労使協議も行わず、就業規則も曖昧なままで使用者が恣意的に導入すれば、労働社会に混乱が起こり、結果的に労働者の利益が損なわれることになる恐れがありますから、濱口先生の言うメンバーシップ型契約とジョブ型契約の運用上の違いや使用者が留意すべき事項などを国が指針として示すことは重要だと考えます。

今日のブログでは、少し長くなりますが、メンバーシップ型契約とジョブ型契約の「考え方」がすでに現実の企業社会でどのように機能しているのか、について私なりの見方を整理してみたいと思います。濱口先生の言われるような厳密な定義に基づくジョブ型契約は、まだまだ日本では根付いていませんが、「日本的ジョブ型」は確実に拡がってきていると考えています。

濱口先生の近著『若者と労働・・・・「入社」の仕組みから解きほぐす』は読み返すほどに、実に丁寧に噛んで含めるように解説してくれています。先生が再三にわたって説明されている通り、わが国企業は、学生や生徒を卒業と同時に「新卒一括定期採用」する仕組みが定着していて、この仕組みが日本の若者の雇用保障機能を有しています。そうはいっても、現実には多くの企業で、「通年採用」、「中間採用」、「キャリア採用」などと称して、春の定期以外の時期にも採用しているのですが、主力は依然として4月の一括定期採用であることには変わりはありません。大学教育に職業教育の比重が小さいなか、専門職業能力が乏しい若者を採用するわけですから将来に向けての潜在能力と伸びしろの大きさを測って、企業のメンバーとして迎え入れるわけです。

多くの皆さんが経験されたように、入社試験の面接の場では、入社すれば何をしたいか話題の一つとしてサラッと質問されることはありますが、仕事に拘ったやりとりではありません。そして入社後、導入教育や実習などを経た後、本人の希望を聞いたり聞かなかったりした上で職場に配属され、以後、異動を重ねキャリアの幅と深みをつけていく、というのが一般的ですよね。この時点では、企業は新入社員をメンバーシップ契約の対象として観察・評価しているのです。

しかし入社後、10年経ち20年経ってくると、労働者の潜在能力や伸びしろが顕在化してきます。企業の期待どおり伸びている人、逆に期待を大きく裏切っている人が明確になってきます。パフォーマンスの低い労働者でも、1990年代初頭のころまでは、社内で異動すればそれなりの仕事もあったのですが、グローバル化の中で競争が熾烈になるにつれて、企業内に抱えることが苦しくなり、労働者派遣が緩和される中で正社員を派遣社員に置き換える動きが一気に進んだことはご承知のとおりです。新卒入社後20年前後経過した時点で、企業が労働者を評価する視点が、メンバーシップ型から(ゆるい意味ではあるが)ジョブ型へとシフトさせているのが実態だと考えています。例えば、Aという仕事は○○○○○という内容だ、この仕事は何も正社員でなくても十分できる、派遣社員など外部労働者で十分だというわけです。

では、希望に胸を膨らませて入社した若者が、定年まで企業で大事にされるにはどうすればいいのか。私は次のように考えます。それは、卒業時にはメンバーシップ型契約という暗黙の前提で入社したにせよ、入社後はジョブ型契約に耐えるよう、自分が得意とするジョブで腕を磨くことです。わが国の大企業では定期異動などがあり、「この道一筋」というのはなかなか困難かもしれませんが、40歳すぎれば、「俺はこの仕事のプロだ」と自負し、他人からも認められる専門能力をしっかりと身につけることです。先述したように、企業はいったん採用した労働者を次第にジョブ型労働者として評価するようになるのですから。
濱口桂一郎先生や本田由紀先生が言われるように、日本の大学教育が職業レリバンスを強化しないかぎり、若者を採用しようとすれば、その「入口」はメンバーシップ型判定しか仕方ないのです。ですから、入口はメンバーシップ型、入社後は次第にジョブ型へとシフトしているのです。

次に、労働市場では、新卒一括だけでなく、企業が思い通り充員できなかった場合や事業が拡大する場合、また欠員発生の場合などには、随時、中間採用やキャリア採用などがあります。ハローワークに出てくる求人、人材紹介会社が扱う求人、上はヘッドハンティング市場の求人などです。これらの機関が扱う求人は文字通り「ジョブ」です。100%すべてとは言いませんが、必要とするジョブに当てはまる最適な人を探しているのです。求職者の人柄とか将来性とかは関係ないとは言えないまでも二の次三の次です。ですから、この市場で仕事を求める人は、即戦力の腕と専門性を有していなければ話になりません。この市場で求人する企業は一般的に非常に厳しい目で選考するものです。エイヤーで決めることは絶対にしません。

最後に、大手企業などを所謂リストラされた人々について、4年余の期間、再就職支援のキャリアカウンセラーを務めた経験からお話したいと思います。
早期退職者などに再就職支援サービスを付ける企業は、その費用支払能力のある大手企業です。そこから退職してくる人々は概してプライドが高い人が多いものです。そのプライドの源泉は、「自分は大手○○○商事の社員であつた」という類いのものです。いいかえれば、「俺は大手○○○商事のメンバーであった」というものです。そんなプライドはくその役にも立たないことを後からイヤというほど知ることになります。

再就職にあたってキャリアカウンセラーが話す定番は、「あなたは何をしてきたのか」「あなたに何が出来るのか」「あなたは何をしたいのか」というキャリアの棚卸をまず最初に勧めることです。しかし、多くの人は「自分が勤めてきた会社での自慢と思い出」に耽ります。大手企業のメンバーであったことを懐かしむわけです。
ところが、これらの人々がこれから応募する企業は、応募者に対して徹底的に「ジョブ遂行能力」を求めているのです。メンバーとして迎え入れる考えなど基本的にありません。即、いくら儲けさせてくれるのか、それだけです。この労働市場ほど、メンバーシップ型頭からジョブ型頭への180度切り替えを要求する市場はありません。

この切り替えができない人々は、面接で「私は部長ができます」などと言ったり、何とか再就職しても一週間でクビになったりします。見事な切り替えができた人の例を挙げます。私が担当した大手損保会社の大支店長の行動。その人は大阪市内にある250人を要する筆頭支店のTOPでした。人柄・能力ともに優れていて、私も張り切っていました。ところがその人は、「いくら大支店長でも私は退職したらただのオッサン。保険以外に何のスキルもない。また、別の保険会社へ行くのなら退職もしていない」という考えで、社会保険労務士を目指すとして懸命に勉強されました。そして、一年間勉強して見事一発で社労士試験に合格して、前々からやりたかった人事・労務の仕事に就かれました。ジョブ型の頭へスパッと切り替えられたのです。

そのころ(今から9年前)は、濱口先生の「メンバーシップ型」「ジョブ型」という概念にもちろん出会っていませんでした。今思うと、あの頃、メンバーシップ型vs.ジョブ型という概念をもっていれば、キャリアカウンセラーとしてもっとうまく的確に寄り添うことができたのではと思っています。

ここまでお読みいただいた方は、長くてウンザリされたことでしょう。申し訳なく、ありがとうございました。まとめると、日本の企業は、新卒の入社入口では、「メンバーシップ型」採用をしますが、入社後は次第にジョブ型評価へとシフトしていく、そして出口から退出するとそこは100%ジョブ型の世界であるということです。ジョブ型的考え方は何もこれから始まるまったく新しい雇用形態ではなく、日本的にアレンジされた緩いものではあるけれど、少なくともその考え方と企業行動は、すでに日本の労働社会に浸透してきているということです。

ちょっと長すぎました。恐縮です。最後までお読みくださりありがとうございました。
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プロフィール

畠山 奉勝

Author:畠山 奉勝
1944年生まれ。電機メーカー定年後、大阪労働局監督課で指導員を担当。全国に先駆けて大学生・高校生などを対象にした若者労働法教育のレールを敷く。

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