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被災地で頑張っている人々。

今日は三陸の被災地で出会った頑張っている人を何人か取り上げて紹介させていただきます。


まずは釜石はまゆり飲食店街「呑ん兵衛横丁」の居酒屋「お恵」の女将、菊池悠子さん。ホヤを出してくれました。
6畳ほどの仮設店舗でカウンターに7人が入れば満席。私よりも年上でシャキッとして頑張っておられました。
76-2.jpg


続いて、気仙沼復興商店街「南町紫市場」の中の店「交流空間 フリーダム」のご主人。津波に流される前の立派な料亭の写真を見せてくれました。美味しい蕎麦とおにぎりをいただきました。
77 フリーダム店主-2


次に、気仙沼の宿「大鍋屋旅館」の三代目女将、熊谷桂子さん。小野寺防衛大臣のお母さん(最初はお姉さんかと思いました)。津波が襲ってきたとき湾に面しているこの旅館の三階に避難されたのですが、津波が旅館全体を揺さぶる恐怖感を生々しく話してくださいました。木造建築なのによくぞ残ったものだと驚きました。桂子さんと一緒に旅館を切り盛りされている四代目の浩典さんは津波襲来に備えて沖へ船を出し、夜、火の海となった気仙沼湾へ人を救出しながら帰還した伝説の海の男。
83 大鍋屋女将 小野寺防衛大臣の母親・熊谷桂子さん-2


そして、震災の後、テレビで何度も報道された銭湯「亀の湯」の女将、斎藤ちか子さん。気仙沼に水揚げする漁船の船員が真っ先にこの「亀の湯」へくる。壊滅的に被災し再開をあきらめかけていたそうですが、港に入る船員を思い、苦労して復旧にこぎつけられた。女将さんは明るく元気でチャキチャキしていて、ここへ直行する船員たちの気持ちが分かるような気分になりました。大きい湯船に熱めの湯。さっぱりしました。
91 亀の湯 女将・斎藤さん-2


さらに、南町紫市場にある小料理屋「一福」の大将、熊谷 貢さん。メジマグロ、モウカの星、ホヤなど気仙沼ならではの新鮮で旨い肴と酒でもてなしてくれました。スナックにまで付き合ってくださいました。
94 一福の大将-2


終わりに、気仙沼で漁労、水産加工、食品など地場大手企業「カネダイ」で頑張っておられる熊谷公男さん、齋藤順さん、そして海老原さん。熊谷さんは復興屋台村「気仙沼横丁」の中のかに専門店「かに物語」の店主さん。お三方とは楽しく呑んで「港町ブルース」までお付き合いくださいました。震災と津波で本社・工場・倉庫すべて流され全壊した中から、後ろを振り向かず前へ前へと再興に向け取り組んでおられました。
98 斎藤・熊谷・蛯原さん-2


みんなみんな明るく前向きに懸命に「今」を生きておられました。頭が下がりました。
私は震災から三年経った今の時点で、被災地から遠く離れたわれわれにとって何をすることが被災地支援になるのか悩んでいました。釜石でも気仙沼でも現地の方が口をそろえておっしゃることは、「お金とか支援物資とかではいつまでも自立できない。一番は、被災地に来て、電車やバスに乗って、泊まって、飲み食いして、土産を買って帰ることだ。」ということでした。水産加工場など工場や住宅が建てられるまでにはまだまだ最低でも5年はかかるのではというのが私の印象でした。どうか被災地を忘れることなく訪れて、前向きに頑張っている人々に話しかけて話を聞いてあげてください。関心が薄れることが被災地の皆さんを一番悲しませることになるのです。
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プロフィール

畠山 奉勝

Author:畠山 奉勝
1944年生まれ。電機メーカー定年後、大阪労働局監督課で指導員を担当。全国に先駆けて大学生・高校生などを対象にした若者労働法教育のレールを敷く。

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